ダルビッシュ有の生い立ち・軌跡を追ってみたらやっぱり大スターだった!

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日本のプロ野球界でも大活躍していたダルビッシュ有選手。

2012年にメジャーリーグへ移籍してからも
その活躍は衰えることなくむしろ向上しています。(現在は右肘の故障の治療中です)

イケメンな顔立ちと高身長のスラッとしたスタイル、
鍛え上げられた筋肉質のボディ、そして実力のあるピッチングで
今やイチロー選手のように世界的に有名になりました。

そんなダルビッシュ有選手の生い立ちや、
過去はどのような選手だったのかまとめてみました。

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1.本名は“ダルビッシュ・セファット・ファリード有”


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画像出典: http://blog.livedoor.jp/yakiusoku/archives/53781505.html

ダルビッシュ選手の本名は『ダルビッシュ・セファット・ファリード有』
愛称は“ダル”として親しまれています。

イラン人の父親と日本人の母親の間で生まれましたが
日本国籍の日本人で、大阪府羽曳野市の出身です。

父親は元サッカー選手で現在はジャイレックス社の社長をしており、
小さい頃から裕福な家庭に育ちました。

高校時代にはノーヒットノーランを達成!


小学校2年生の時から本格的に野球を始め、
中学校時代には名門羽曳野ボーイズに所属し、
全国大会ベスト8、世界大会3位とかなりの好成績を残しています。

高校入学時には50校以上からスカウトがあったと言われており、
ダルビッシュ選手は一番野球環境の良かった東北高校へ進学しました。

高校でもまたすざましい記録を残しています。

高校1年時には時速150kmを出し、
高校3年時にはノーヒットノーランを達成!


甲子園には、2年の春夏、3年の春夏と4回も出場
“怪物”と言われる所以の記録の数々を作っています。

高校時代の貴重な映像がコチラ

2.プロ野球時代も活躍は止まらない!


高校3年時には、楽天、オリックス、日本ハム、など、
各球団から熱いラブコールを受け、
ドラフト前の注目度ナンバーワンの選手となりました。

そしてドラフト会議では単独1位で指名があった
日本ハムへ入団を決めました。

入団する前、若さからか自主トレで膝の関節炎で
練習のドクターストップがかかったり、
未成年なのに、喫煙写真をスクープされた影響で二軍からのスタートで、
あまり順調な滑り出しではありませんでしたが、

そこからストイックな練習を重ね、
もともと持って生まれた才能を開花させ、
メキメキと頭角を表してきました。

その後、プロ野球時代5年の間に
年間MVP2回獲得5試合連続二桁三振などを数々の記録を打ち立てました。


15種類もの変化球を投げれると言われており、
24歳の時には、イチローの25歳を抜いて
最速、最年少で年俸5億円の契約となりました。

まさしく天才ですね。

3.日本から世界(メジャー)へ

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出典:http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/mlb/2012/01/25/mlb_27/

2012年にレンジャーズと6年契約で推定5600万ドル+出来高400万ドルの
総額6000万ドル(72億円)という異例の移籍金額でメジャーデビューをしたダルビッシュ選手。

レンジャーズに入団して以来、世界でも大活躍をするようになりました。

初先発で初勝利を収め、いきなりリーグ月間最優秀賞を獲得し、
オールスターの選手にも選ばれ、メジャーリーグの投手の中でも
最も優秀な選手として名前が挙げられるほど今では認められています。

4.気になるプライベート情報は…?

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出典:http://gossip1.net/archives/1014061485.html

プライベートでは同じくメジャーへ移籍した田中将大選手や、川崎宗則選手と仲がいいようで、
同世代なのもあり、みんな同じような体験や苦労をしているので
とっても気が合うのでしょうね。

また最近では、怪我に苦しんでいるものの、女子レスリング選手の山本聖子さんとの
結婚報道が報じられ、公私ともに充実しているようですね!

 

まとめ


日本が誇る野球選手のダルビッシュですが、28歳と選手としてまだまだ若いので
これからますます色んな変化を見せてくれると思います。

これからどんな“怪物”として成長していくのか
ますます目が離せません

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